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東京高等裁判所 平成4年(う)604号 判決 1993年2月24日

本籍

大阪市東成区大今里西一丁目二番地

住居

東京都三鷹市大沢五丁目一五番五号

会社員

濵口博光

昭和一五年三月一四日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、平成四年四月三日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官町田幸雄出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人五木田彬名義の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官町田幸雄名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

控訴趣意第一点(事実誤認等の主張)について

所論は、要するに、原判決は、被告人が石槁紀男及び富嶋次郎と株式の共同取引を行い、その利益二億円を取得した旨認定しているが、被告人としては、富嶋らと共同で株式の取引をしたことは勿論、その取引により利益を得たこともないから、右の二億円も含めて被告人の所得を認定した原判決は、法令の解釈適用を誤り、ひいては事実を誤認したものであって、その誤認が判決に影響を及ぼすことは明らかであるというのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査して検討するに、被告人が他人名義で株式売買を行うなどの方法により、所論のいう二億円をも含めた所得を秘匿して、昭和六二年分の所得税三億二二一四万五七〇〇円を免れた旨認定判示した原判決は、総て正当として是認することが出来、その間に所論のような事実の誤認等が存するものとは認められない。所論に鑑み、更に、敷衍して説明するに、関係証拠によると、次の事実が認められ、これに反する被告人及び石槁紀男の原審公判廷における各供述は、いずれも不自然であって、同人らの検察官に対する各供述調書や他の関係証拠等に照らし、にわかに措信することが出来ない。すなわち、

一  被告人は、国際航業株式会社(以下会社名については「株式会社」等の表記を省略する。)の取締役技術営業本部副本部長の地位にあった者であるが、昭和六二年六月ころ、コーリン産業の代表取締役小谷光浩が国際航業の株を買い集めていることを知り、同社の株価が上昇するものと見込んで、妻に同社の株を購入するように指示したほか、同僚にも同様の情報を提供するなどした。そうこうした折の同年七月八日ころ、被告人、富嶋次郎(ウイングの代表取締役)及び石槁紀男(国際航業の取締役経理部長)の三名が、ウイングにおいて会談した。その際、富嶋が被告人や石槁に対し、「国際を買えば儲かる。俺達も国際を買って儲けよう。石槁さん東洋リースから金を貸してくれないか。儲けはきっちり三等分しよう。」と言い出したので、被告人は、富嶋が東洋リースから融資を受けて、三人共同で国際航業の株を買い付け、値上がりした時点でその株を売却し金儲けをしようとする趣旨のことを言っているものと理解した。そして、その当時、国際航業株を買えば買うほど儲かる情勢であったので、富嶋の右提案に直ちに賛成した上、石槁に対し、「やろう」と言うと、石槁も「いいですよ。早速、融資の方法について検討してみます。」と述べた。富嶋は、更に、続けて「株は俺の判断で売買するから任せてくれ、名義は適当に考えるから。」などと説明した。

二  そこで、石槁が、同年七月一四日ころ、東洋リースから興亜開発を経由して三億円を、同月二一日ころ、東洋リースから永和産業を経由して五億円を、富嶋の経営する東洋エージェンシーに対し、それぞれ貸付ける手続をした。富嶋は、右八億円や東洋リースから先に融資を受けていた二億円、更に、小谷から借り受けた二〇億円を原資ないし引当てとして、同月八日から一七日までの間に、菊池芳晴らの名義を用い、現金又は信用取引で、国際航業株合計六八万三〇〇〇株を二八億六〇〇〇万円で購入し、同年八月二八日、これを小谷に対し三七億五六五〇万円(一株五五〇〇円)で一括売却した結果、約九億円近い粗利益を得ることが出来た。この粗利益から株式取引税、借入金利息、謝礼等の諸経費を控除して三等分し、一人当たりの分配額を算出すると、二億三四六九万五八七五円になる。

なお、被告人は、富嶋が石槁に対し融資の申し込みをした際、同人に便宜を図るよう口添えしたほか、国際航業株を購入するに際し、富嶋から購入時に使用する名義を貸して欲しい旨依頼されたので、当時大阪方面に居住していた妻の兄弟の中から五、六名の氏名を拾い上げてメモし、これを富嶋に渡したが、これらの名義は結局使用されるに至らなかった。

三  富嶋は、同年九月三日ころ、自宅において、被告人及び石槁に対し、「株の清算をしよう。」と言い、購入株数、その代金、売買金額、売却益等を記載したメモを示し、一人当たりの取得分が二億三四六九万五八七五円となる旨説明した上、石槁に対し、「このとおりきっちり三等分だよ。これで終わりだよ。いいね。」と言って、同額の現金が入っているボストンバッグを渡した。その席に同席した被告人も分配金を貰えるものと期待したが、富嶋は、「濵取(被告人を指す。)の分は、後でいいね。ちょっと相談したいことがあるんだ。後で、話をしよう。」と言い、当日被告人には株式売買による利益分配金を交付しなかった。

四  被告人は、同年九月中旬か下旬ころ、富嶋に呼び出されてウイングに赴いたところ、同人から、「濵取はアバウトで、金銭感覚ゼロだから金の管理は無理だろう。だから、濵取の分は俺にまかせろ。」と言われてがっかりした。しかし、嫌だというと金にけちけちしているように思われると思い、いずれは受け取れるという考えもあって、「富嶋さんを信頼して何もかも一直線でいく。信用してまかせますよ。」と言い、富嶋の右申し出でを承諾した。すると、富嶋が「これで決まった。飯を食ってから杉井先生のところに行こう。」と言うので、二人揃って富嶋の顧問弁護士である杉井健二の事務所に赴いた。そして、富嶋は、同事務所において、同弁護士立会の下で、被告人に対し、オーストラリアにマリーナを建設する計画を持ち出し、「この計画では、工事費が四億五、〇〇〇万円位かかる。濱取の金をこの計画に投資してくれないか。この計画のために、シドニーに会社を作るが、濱取も出資者として会社の役員に入れる。マリーナの全ての権利の半分は濵取に渡す。一年後くらいには営業を開始し、月に一〇〇万くらいずつ入るようになる。」と説明した。その話を聞いた被告人は、途方もない計画であって、折角儲けた二億三〇〇〇万円余の大金をそのようなことに注ぎ込んで台無しにしたら大変だと思い、一瞬戸惑った。しかし、一旦富嶋に任せると言った以上、今更嫌だとは言いにくい状況であったので、やむなくマリーナ事業に投資することを承諾した。そこで、富嶋は、「それじゃ、先生に覚え書を作ってもらおう、きちんとしておこう。」と言って、マリーナ事業に関する覚え書の作成を申し出た。しかし、被告人としては、これまで富嶋との間で何らトラブルもなかったし、役員になるのであれば、特に覚え書など必要ないものと思え、「富嶋社長を信用しているから、覚え書は結構ですから。」と言って、その作成を断った。

なお、被告人は、同年九月下旬ころに至り、自宅を訪ねて来た富嶋から被告人の取得すべき利益分配金二億三〇〇〇万円余のうち、マリーナ建設計画に投資した二億円を控除した残金三〇〇〇万円余を現金で受け取った。しかし、富嶋が目論んだマリーナ建設計画は完成に至らないまま撤退を余儀なくされたため、被告人は右事業による利益を取得できずに終わった。

以上に認定したように、被告人と富嶋及び石槁の三者間に成立した合意の内容は、要するに、「三名が共同して国際航業株を売買し、これによって得た利益を三等分する。内部的には、被告人や石槁が必要な資金の融資を得ることなどに協力するが、対外的には、富嶋において、他人の名義を用いて、同社株の取引を行う」ということである。したがって、対外的には、富嶋のみが取引当事者(但し、取引名義は借名による。)として表面に出ることとなるが、たとえば取引に伴う代金支払や株券引渡などの債務の履行についてトラブルを生じた場合、被告人や石槁がその責めを負うこととなるかなどという問題は残るものの(実際には、何らのトラブルも生じてはいない。)、少なくとも三者の内部関係においては、右合意に従い、富嶋において取引を行った結果生じた株式売買益は、三者に共同に帰属し、後日の清算により各自に帰属するという効果を生ずるものというべきである。三者間においてこのような内容の契約を締結しても、公序良俗に反しないことはもとより、取引社会の安全に何らの支障を及ぼすものでもない。本件共同取引契約の趣旨は、三者の合意内容に即して理解すれば足りるのであって、所論のように、強いてこれを民法上の組合その他の典型契約に当て嵌めて考えなければならない筋合はない。縷々の所論は、弁護人独自の見解であって、採るを得ない。

このように、富嶋による国際航業株の取引は三者による共同取引と認められるから、株式売買益に対する課税要件の適用については、その全部の譲渡株数を基準として充足の有無を判定すべきであり、譲渡株数を三等分したものを基準とすべきではない(但し、本件においては、譲渡株式数は六八万三〇〇〇株であるから、これを三等分しても、優に課税要件を充足することとなる。なお、原判決が、「所得の有無及びその性質、課税要件の充足の有無も、実際に即し実質的に判断されるべきものである」と述べている点は、正しい指摘というべきであるが、本件共同取引につき「実質的には、三人がそれぞれ各自株式取引を行って、三人で行った株式取引益の三分の一ずつの利益を得たと同じと見ることができる」云々と説示しているのは、適切な比喩とは思われない。)。

ところで、先に認定したとおり、富嶋は、三者間の右契約に基づき国際航業株を売買した結果九億円近い粗利益を挙げており、約旨に従い諸経費を控除した残りの利益を三等分すると、一人当たり二億三四六九万五八七五円になるとして、石槁に対してはその金額を現金で分配している。この場合、各自の取り分が算定され、分配金の清算が出来る状態となった時点において、三者につき、それぞれの所得が発生、帰属したと認めるのが相当である。そして、石槁のように、分配金の支払いが即時履行され、現金による収入が実現している場合はもとより、被告人のように、分配金の支払いを求める債権が発生、確定したのみで、いまだ現金の授受がなされていない場合であっても、この理に変わりはない。

更に、前示のように、富嶋は、被告人に対し、その取り分の中から二億円をオーストラリアにおけるマリーナ建設事業へ出資するよう慫慂し、その同意を得たため、後日、残金三〇〇〇万円余のみを現金で持参した経過があるが、これは、分配金相当額が被告人の所得に帰したことを前提として、両者間の新たな合意に基づき、富嶋が被告人にこれを支払うべき債務と、被告人が富嶋にマリーナ建設事業への出資金として支払うべき債務とを対当額で相殺した上、残金についての清算が行われたものと認められる。したがって、被告人が右二億円を現金の形で手中にすることがなかったとしても、所得の発生、帰属がなかったといえないことは多言の要をみない。まして、その後の右事業の蹉跌から、予定したような利益が挙がらないばかりか、出資金の回収も困難な事態が生じたとしても、一旦被告人に発生、帰属した所得に何らの消長をも及ぼすものではない。それ故、これらの点を理由に被告人の所得であることを否定する所論も、採用の限りでない。

なお、本件取引は富嶋の単独取引であり、その利益の中から石槁に二億三〇〇〇万円余を交付したのは、国際航業の経理部長として小谷による国際航業株の買い集めに対抗し、防戦買いを主導すべき立場にあった石槁に対し、殊更に仲間であるとか、三等分であることを強調して、小谷、富嶋らの陣営に引き留めるためのいわば買収金であるところ、被告人に対する利益の分与は、これと辻褄を合わせるための方便に過ぎず、将来マリーナ事業で相当な利益が出た場合にはこれを多少は被告人にも分けてやるといった程度の自然債務的なものでしかなかったもので、被告人の所得とはみられないと主張する。しかし、本件の事実関係は先に認定したとおりであって、所論の前提とする事実は認められない。

また、所論は、本件株式取引が富嶋の単独取引であることを前提として、被告人が富嶋から交付を受けた利益は「雑収入」に計上すべきであると主張する。しかし、所論は、その前提を欠くばかりか、仮に右利益を「雑収入」に計上したとしても、それは、所得の種別としては、「有価証券売買益」と同様に「雑所得」に属すべきものであるから、総所得金額の算定上何らの変動をも生じないのであって、主張すること自体、利益がないものというべきである。

更に、所論は、マリーナ事業に関する富嶋の原審公判廷における供述には種々の点で不自然な部分が存し、全く信用出来ないとも主張する。しかしながら、マリーナ事業に関する富嶋の原審公判廷における供述内容は、被告人の検察官に対する平成二年八月一〇日付及び同三年四月六日付供述調書(いずれも原審において同意書面として取り調べられたものである。)とよく符合しているばかりでなく、他の関係証拠に照らしても、特に不自然な点は見当たらないから、十分信用出来るというべきである。

(原判決別紙1の修正損益計算書貸方欄中に、「差引修正金額」とあるのは「公表金額」の、「公表金額」とあるのは「差引修正金額」のそれぞれ誤記と認める。)

以上のとおりであって、事実誤認等の論旨は総て理由がない。

控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、被告人を懲役一年八月及び罰金五〇〇〇万円に処した原判決の量刑は不当であって、到底破棄を免れないというのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、国際航業の取締役技術営業本部副本部長の地位にあった被告人が、営利の目的で継続的に国際航業株等の株式売買を行い、相当の利益を挙げておりながら、その所得税を免れようと企て、他人名義で右取引を行うなどの方法により、所得を秘匿した上、昭和六二年分の実際総所得金額が五億六七二一万七三一五円もあったのに、所轄税務署長に対し、その総所得金額が一九七九万二六五〇円であり、これに対する所得税額は二三四万一二〇〇円である旨虚偽の記載をした所得税確定申告書を提出し、そのまま法定の納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の所得税三億二二一四万五七〇〇円を免れたという虚偽過少申告逋脱犯にかかる事案である。

右にみたように、被告人は、株式の売買をするに当たり、他人の名義を用い、特に国際航業株については確実に値上がりするという情報を入手して継続的に大量の取引を行い、他の株式取引と合わせて有価証券売買だけでも合計五億二九九四万円余の利益を挙げておりながら、これを全く申告しないばかりか、雑収入、給料収入の一部及び賃料収入の一部をも除外して、他の所得のみを申告したものであり、本件は、単年分の犯行ではあるものの、その逋脱額が多い上、逋脱率も九七パーセントに達し極めて高率である。しかも、被告人は、本件の株式売買益について当初から申告する意思を全く有していなかったものであって、納税意識の欠如が著しいのみならず、税務調査に備えて所得の隠蔽工作まで行うなど、当初から計画的に敢行したもので、その犯情も甚だ悪質であり、また、動機の点でも何ら酌むべきものが認められない。加えて、被告人は、三名共同取引による所得のうち二億円の帰属を争い、これに対する所得税をいまだに納付していない。以上の諸点に徴すると、被告人の刑責は甚だ重いといわなければならない。

所論は、原判決は被告人の所得形成過程における不公正かつ背信的要素の存在を重視しているが、右のような事情は、量刑上特段の意味を持つものではないから、被告人の量刑判断に当たり、これを重く考慮すべきでない旨主張する。所得を取得する手段方法は、その行為者の人格態度の反映であるとみることが出来るので、これを一般的な情状に含めることまで否定すべきではないが、さりとて租税債権の侵害を本質とする逋脱犯においては、取得した所得を秘匿することなく、その全部を申告すれば、手段方法の如何を問わず、逋脱犯としての刑事責任を問われるいわれはないから、所得取得の手段方法が租税債権に対する侵害の態様や程度に直接影響を及ぼすことはないのであって、その手段方法を過度に重視することは相当でないというべきである。したがって、原判決が量刑判断の理由中で所論が指摘するような説示をした部分については、これを全面的に首肯することは出来ない。しかし、本件の場合、右の点を十分考慮したとしても、被告人の刑責は甚だ重いといわざるを得ない。

次に、所論は、本件犯行後、有価証券の譲渡による所得につき、税制の改正により、原則非課税から原則課税へと転換されて、課税範囲も拡大されたが、その反面、税率の低減も図られたため、新旧税制間における税額の格差には軽視出来ないものがあるため、逋脱犯の性格に鑑み、一般予防の見地から刑の具体的な量定をするに当たっては、他の一般犯罪とは異なり、新法の利益を十分考慮すべきである旨主張する。しかしながら、所論のいう改正法は経過規定を設けて、本件のような改正前の行為には新法を適用しない旨明記している上、そのような規定を設けた趣旨は、裁判時の如何を問わず、同一の法令を適用して正規に納税した者との間に不公平が生ずることのないように取り扱うことを明らかにしたものであるから、本件に改正法を適用する余地がないことはもとより、量刑上の事情としても、その趣旨を被告人のため有利に斟酌すべきいわれは全く存しない。

してみると、被告人は、納税義務の重要性や逋脱犯の厳しさを改めて痛感し、今後二度と脱税に手を染めない旨供述し、本件について深く反省していること、査察を受けた後間もなく、前記争いのある二億円を除いては、総て修正申告し、その所得税本税及び附帯税をも納付したこと、本件脱税で摘発を受けたため、永年勤務した国際航業を退職するのやむなきに至るなど社会的制裁を受けたほか、今後地道に暮らす決意を表明していること、父親は、本件を悲観して被告人の勾留中に自殺し、また、妻もノイローゼ状態に陥るなど、被告人は、家族に対し、多大の精神的負担を掛けていること、その他被告人に有利な諸般の情状を十分斟酌しても、被告人を前記の刑に処した原判決の量刑は誠にやむを得ないものであって、これが重過ぎて不当であるとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 新田誠志 裁判官 浜井一夫)

○ 控訴趣意書

所得税法違反 濵口博光

右の者に対する頭書被告事件につき、平成四年四月三日東京地方裁判所刑事第八部が言渡した判決に対し、被告人から申し立てた控訴の理由は左記のとおりである。

平成四年七月六日

弁護人 五木田彬

東京高等裁判所刑事第一部 殿

原判決には、以下に述べる事実の誤認及び法令解釈適用の誤りがあり、これら誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるうえ、本件の情状を考慮すれば、原判決の量刑は著しく重きに失し不当であるから、破棄を免れないものと思料する。

第一点 事実誤認及び法令解釈適用の誤り

一 原審における弁護人の主張

弁護人は、原審において、いわゆる「石橋・濵口・富嶋共同取引」に関する平成三年四月一一日付訴因変更により追加変更にかかる部分の訴因(実際総所得として二億三〇〇〇万円の追加、正規の所得税額及び申告税額との差額分として一億三八〇〇万円の追加)については、変更後の訴因に対する被告人の認否及び弁護人の意見において述べたとおり、右二億三〇〇〇万円のうち二億円については所得として被告人濵口に帰属するものではない旨を主張し、その理由として

1 検察官が主張するとおりの「石橋・濵口・富嶋共同取引」が存在するためには、課税要件の充足に関する取引回数・取引株式数の判定に当っては、共同取引とされる株式取引の全てを合計した回数・株式数によって決し、帰属所得の判定は各人への実際の利益分配額により認定するという法律構成が可能な「共同の法律行為」がなければならないが、本件の証拠関係において、かかる共同行為は存在しないこと

2 検察官が主張する富嶋から被告人濵口への二億円の分配と被告人濵口による富嶋のマリーナ事業への同額の投資というものは、知人間の自然債務の如きものに過ぎず、本件の経緯において、法律効果を伴うような利益分配が合意された事実はないこと

3 仮に「石橋・濵口・富嶋共同取引」が検察官主張どおりのものとして存在し、富嶋から被告人濵口に対する二億円の投資依頼が事実だとしても、被告人濵口において右二億円に関する自由な処分可能性を有していなかった本件において、このような「話だけのもの」をもって所得の「帰属」とは言い得ないこと

等を陳述した。

二 原審の判断

原審は判決において、関係各証拠により「石橋・濵口・富嶋共同取引」なる「株取引の行われたきっかけ、経緯、利益の分配状況等」を認定した上、

1 弁護人の前記一・2の主張につき、「右認定に反する富嶋からの二億円の利益分与に関する弁護人の主張は採用できない」とし

2 同一・3の主張につき、

<1> 右のとおり認定される株取引の行われたきっかけ、経緯、利益の分配状況等をみれば、富嶋共同取引は、石橋、濵口、富嶋の三人が共同して行った取引であること

<2> 濵口は、株式売買益の分配金のうち二億円を、富嶋から現実に交付を受け手中にしなかったものの、右二億円を含む二億三四六九円余りを自己の取り分として了解した上、そのうちの二億円を自らの意思により富嶋との契約の下に同人の進めるマリーナ事業に出資したのに過ぎないこと

3 同一・1の主張については、

<1> 税法上は実質的に所得があり、それが実質的に課税要件を満たすのであれば課税されるのであって、所得の有無及びその性質、課税要件の充足の有無も、実体に即し実質的に判断されるべきものであること

<2> 本件においては、石橋・濵口・富嶋あるいは石橋・濵口・脇坂の各三人が、共同して株式取引を行い利益を分配するとの合意の下に株式取引を行い、株式取引益を三人の間で分配していること

<3> 実質的には三人がそれぞれ各自株式取引を行って、三人で行った株式取引益の三分の一ずつの利益を得たと同じと見ることができるので、その実態に即して課税することは差し支えなく、弁護人がいうように証券会社との関係での法律効果云々を特に問題にする必要はないこと

をそれぞれ指摘し、いずれも弁護人の主張を排斥した。

三 原判決の事実誤認と法令の解釈適用の誤り

しかしながら、原判決のこのような判断は、以下に述べるとおり、証拠の評価と法令の解釈適用を誤ったもので不当であると言わなければならない。

1 共同取引の法的構成

ア まず原判決は、弁護人の前記一・1の主張に対する判断において、<1>所得の有無及び課税要件充足の判断は実態に即し実質的になすべきこと、<2>本件においては三人の合意による共同取引の実施と利益の分配がなされていることを指摘した後、<3>実質的には、三人がそれぞれ各自に株式取引を行い、三人で行った株式取引益の三分の一ずつの利益を得たと同じと見ることができるとしており、右の<3>が弁護人の主張を排斥するに当っての中心的な理由と見られる。

しかし、原判決が、「実質的に」本件と「同じ」だとする、「三人がそれぞれ各自株式取引を行って、三人で行った株式取引益の三分の一ずつの利益を得た」というケースそのものが、必ずしも具体的に明らかでないうえ、いかなる法律構成によって、こうしたケースが想定可能であるかがまさに問題なのである。

イ 原判決が「三人がそれぞれ各自株式取引を行う」というケースにおいては、課税要件の充足を何によって判定することとなるのであろうか。

本件当時の株式取引に対する課税要件は、株式銘柄を問わず年間における株式取引回数が五〇回以上、又は取引回数を問わず同一銘柄の取引二〇万株以上であり、原判決が本件で認定している「石橋・濵口・富嶋共同取引」においては、共同取引とされるもの全体の取引回数・株式数により-他の取引における回数・株式数と合算して-課税要件の充足を判定しているのであるから、原判決が、本件と「同じ」と言う以上、右ケースにおける課税要件の判定も、三人の各自につき共同取引全体の取引回数・株式数を計算する-三人につき同一の回数・株式数を三重にカウントする-ということにならざるを得ない。

しかしながら、「三人が『各自』株式取引を行う」のであれば、課税要件充足の判断も各自について行うというのが、民法の基本理念にも合致し所得税法の構造にもかなう通常の帰結であろう。

原判決は、何故に、各自で株式取引を行った三人につき、課税要件を三重にカウントすることになるのか、その理由・根拠が全く示されていない。三人が一緒にやったからだというのであれば、共同取引という無定義・無前提の用語を他の言葉に置き換えたに過ぎず、問いに答えるに問いを以ってするに等しい。

ウ 「共同」という言葉は、どのような場面においても使用が可能である。

三人が各自の自己資金をもって各自の名義により株式取引を行うが、売買の注文を出す際には三人独自の時期に行うのではなく各自の名義で同時に行うという場合、三人が各自の自己資金により各自の名義で株式取引を行うが、売買の注文時期と株式数の判断を一人に委託し、その一人が三人の名義により同時に売買をなすという場合など、いずれも「共同」の要素が存するが、これらの場合の課税要件充足の判断を本件と同様になすべきだとは言い難いであろう。

本件の「石橋・濵口・富嶋共同取引」についても、仮に、東洋リースから借入れて調達した資金を三人が三等分し、各自の名義(借名であつても)により独自に株式取引を行ったという場合であれば、課税要件充足の判断も各自毎の回数・株数によって行う(即ち、全体の三分の一をカウントする)ということになろう。

となれば結局、三人の内部関係、負担部分、対外関係など、「共同」とされる三人関係の中身を吟味し、共同取引全体の回数・株数によって課税要件充足を判断することの合理性を根拠付ける必要があるのではないだろうか。

エ この意味で、原審の弁論においても主張したことであるが、本件においては、単に、三名共同で株式を購入し利益を上げようとの合意に基いて株式取引を行い、その結果得た利益を分配したと言うだけでは、本件における課税要件の判断、及び所得の帰属に対する判断を正当化する理由として十分なものではない。

本件における「共同取引」は、「課税要件の充足に関しては、『共同』とされる株式取引全体の取引回数及び取引株式数により判断しながら、所得の帰属に関しては、株式取引全体の利益ではなく個々に分配された利益によって判断する」という法律構成が可能なものとしての「共同取引」が存在しなければならず、このような「共同取引」がない限り、検察官の主張そのものが成り立たないのである。

オ 右の「共同取引」という場合の「取引」は、株式取引という法律行為であり、「共同」も、この法律行為を共同するものとなるから、結局、「共同取引」とは「三名共同の法律行為」に他ならないが、本件においては、被告人濵口を含む三名の当事者が対外的にも三名の連名で同一の株式取引を行ったという事実は全く存せず、本件の証拠上は、対外的には富嶋が単独で国際航業株の取引を行ったことが明らかであるから、本件において「三名共同の法律行為」があったというためには、対外的には富嶋単独の名義によってなされた法律行為が、三名共同の法律行為と評価され、その法律効果が三名全員に帰属するという場合を観念しなければならない。

すなわち、三名共同の法律行為の効果が一旦は三名全員に帰属するとすることによって、課税要件の充足につき、全体の取引回数・取引株式数により決することの合理性が保たれるのであるし、共同の法律行為による共同の果実(株式取引の利益)を三名全員で一旦享受(含有)した後に、各人に分配したと構成することによって、株式取引による所得の帰属が各人への利益分配額であるとの判断に正当性が与えられるのである。

カ しかしながら、本件において右の要請を満足させる法律構成は、存外、困難である。

共同の法律行為という以上、何らかの団体的なものを想定するしかないが、本件の「石橋・濵口・富嶋共同取引」に関し構成員の変更を許容する「社団」的な団体が成立したと見ることは不可能であるから、各当事者が出資をして共同の事業を営む契約をする(民法六六七条)ことによって成立する民法上の「組合」的な団体を考えるほかないが、民法上の組合は、法人格を持たず、その権利義務は組合員の全員に帰属するため、対外的な法律行為もまた組合員の全員の名で行わなければならないとされている(例えば、我妻民法講義債権各論中巻二、七八六頁以下)。

民法上の組合において、対外的な法律行為が一組合員によって行われる場合としては、組合代理の場合、内的組合の場合、通常の形態の組合において特定の行為を業務執行組合員単独の名で行うことを全員が委任する場合等があるとされているが、組合代理については代理の理論に基づき代理人であることの表示が必要であるし、後二者の場合は対外的法律行為の効果は行為者のみに帰属すると説かれている(前掲)。

従って、本件「石橋・濵口・富嶋共同取引」なるものにつき、民法上の組合的な団体が存在したと見た場合でも、前記の要請、すなわち、対外的法律行為は単独の名義で行いながら、その法律効果が全員に帰属し、これによる果実を一旦は全員で享受(含有)し、後に各人に分配するという法律構成を満足させ得ないのである。

キ 唯一、右の要請を満たす法律構成としては、民法上の組合が成立したと認めたうえで、業務執行組合員に自分の名で組合員の権利義務を行使し、その効果を直接に他の組合員に帰属させるという特殊な権限を与えた場合が考えられ、当事者が契約によってかような特殊な権限を与える合意をした場合はこれを否定すべき理由はない(我妻前掲七八七頁、七九五頁以下)とされているが、本件事実関係のもとにおいては、「石橋・濵口・富嶋共同取引」なるものを巡って、被告人濵口と石橋・富嶋との間にかかる特殊な合意が成立したと認めることは到底不可能である。

要するに、本件において原審が認定した事実関係を全て前提としても、本件「石橋・濵口・富嶋共同取引」なるものについて、課税要件の充足は株式取引全体の取引回数・取引株式数によって決し、所得の帰属は各人への利益分配額によって決するという性格の「共同取引」が存在したと見ることはできない。

従って、本件における「石橋・濵口・富嶋共同取引」は、国際航業株という同一銘柄の売買であるから、これを三人それぞれの株式取引と見る限り、課税要件の充足については、取引した国際航業株全部の株式取引数を三人につき三重にカウントするのではなく、その三分の一ずつを各自にカウントするという構成をとるか、あるいは、取引全体を、富嶋の単独による株式取引と見たうえで、被告人濵口および石橋に交付された利益を雑収入と見るという構成をとるのでなければ、論旨が一貫しないと言わなければならない。

この点において、原判決には法令の解釈適用を誤った違法がある。

2 富嶋から被告人濵口への「利益分配」の有無

ア 原判決は、「石橋・濵口・富嶋共同取引」の状況等につき事実認定をし、右認定に反する富嶋からの二億円の利益分与に関する弁護人の主張は採用できないとして、前記一・2の弁護人の主張を排斥している。

イ この点に関し、富嶋の原審公判廷における証言には、富嶋より被告人濵口に二億三〇〇〇万円余の株式取引益を分与することとしたが、うち二億円については被告人濵口の了解を得て、当時富嶋が計画していたオーストラリアでのマリーナ事業に投資し、その余は富嶋から被告人濵口へ現金で交付した旨の供述が見られる。

ウ しかし、マリーナ事業への投資などという富嶋の供述は全く信用できぬと言わなければならない。

まず富嶋は、自己の所得税法違反の罪責に関連し、被告人濵口に対しても株式取引益を分与したと主張しないかぎり、その分の利益につき富嶋自身の所得として、自らが所得税ほ脱の刑事責任を追求される立場にあり、被告人濵口への利益分配があったとする検察官の姿勢に迎合する理由と必然性が既に存在していたのである。

この点をひとまず措くとしても、富嶋の原審公判廷での証言には、種々の不自然な部分が存在する。

即ち、「石橋・濵口・富嶋共同取引」の原資約三〇億円は、富嶋自身がコーリン産業から二〇億円とウイングから二億円の合計二二億円を調達したもので、被告人濵口及び石橋が関与した東洋リースからの調達分は八億円にすぎなかったにもかかわらず、被告人濵口らに対しては、右株式取引による利益を三等分すると表明していること、富嶋自身の貢献分として右利益から二億円を差し引いておきながら、被告人濵口らに対しては、詳細な数字をも示した上、ことさらに利益の三等分であることを強調していること、かように利益の三等分であることを強調し、現に石橋に対し二億三四六九万円余の現金を分与しておきながら、被告人濵口に対しては、特に理由を示すことなく、石橋と同時期の利益分与を行わなかったこと、被告人濵口に対しては前記マリーナ事業への投資を依頼するつもりだったと述べながら、現実に依頼したのは石橋に対する利益分与を実行した時期よりも、はるかに後の時期であったこと、被告人濵口に一旦、現金を分与し、同人を納得させたうえで、しかる後にマリーナ事業への投資を依頼することが十分に可能であったにもかかわらず、それをしなかったこと、分与すべき現金を用意し、被告人濵口が拒否するそぶりを見せたときには直ちに同人に現金を交付するつもりだったと述べながら、被告人濵口に対しては、二億円の現金の用意があることすら告げていないこと、現金の用意があることを告げず、被告人濵口の性格を熟知している富嶋においては、被告人濵口が拒否するはずがないと判断できる状況を作出した上で、同人にマリーナ事業への投資を依頼していること、被告人濵口から二億円もの投資を受けたとしながら、右二億円の保管形態はもちろん、現実の投資先、具体的な投資内容、事業の進行状況等に関する報告を全く行わず、大金を投資したという被告人濵口への配慮を全く行っていないこと等、種々の不自然な事実が存在するのである。

エ このような富嶋供述の不自然さを、本件事実関係の下において素直に見れば、前記株式取引による利益分与の際の富嶋の主眼は、小谷による国際航業株買集めに対抗して、国際航業の経理部長として会社側による防戦買いを主導すべき立場にあった石橋を、小谷・富嶋らの仲間として繋ぎ止め、石橋の防戦買いへの加担を未然に阻止するため、いわば石橋に対する買収金として、ことさらに三等分であり仲間であること強調した形での利益の分与を行い、右の利益分与を既成事実とし、これをテコに石橋及び会社側による防戦買いの実効性を減殺させる意図であったと言わなければならない。

この意味で、被告人濵口への利益分与なるものは、いわば付け足しであり方便にすぎず、被告人濵口をも含めた三人の仲間による三等分であることを殊更に石橋に認識させ、石橋をして買収資金である利益分与を受け取りやすい状況を作り出すための富嶋の芝居であったと見るべきである。

オ 富嶋の真意が、かようなものであったと理解して初めて前記の富嶋供述の不自然さも氷解すると言い得るし、被告人濵口の平成二年八月一〇日付検察官に対する供述調書にあるとおり、被告人濵口が、当時の石橋の態度に不信を抱き、富嶋に対し「石橋が会社側についたのではないか」との懸念を述べた際に、これを契機として富嶋から、前記株式取引による利益を分与しようとの申出がなされたという事実経過も、右の理解を裏づけるものと言えよう。

要するに、富嶋においては、被告人濵口に対して、石橋に対するものと同様の利益分与をなす意図は全く持っておらず、利益の三等分という表現は、石橋をして買収金を受領させるための方便に過ぎなかったもので、ただ被告人濵口に対してこうした意図を露骨に表明しにくかった富嶋が、被告人濵口の性格・性分を十分に見極めた上で、同被告人との関係において、この点の辻褄を合わせるために持ち出した口実がマリーナ事業への投資であったと見るべきなのである。

仮に、富嶋の意図を最大限に好意的に解釈したとしても、それは、将来マリーナ事業において相当な利益が出た際は、多少は被告人濵口にも利益を分けてやるといった程度の友人間の自然債務的なものでしかなかったことが明らかであり、現に、原審において被告人濵口よりマリーナ事業への投資を受けたと主張していた富嶋は、同人に対する判決確定後も日本国内に居住し、且つ相当多額の資金を有しておりながら、言を左右にし、同人が主張する被告人濵口の投資につき、何らの精算を実行しようとしない態度に終始しているのであり、こうした富嶋の態度は、前述した本件当時の富嶋の意図を如実に表している。

この点において、原判決には事実誤認の違法がある。

3 所得の帰属

ア 原判決は、弁護人の前記一・3の主張に対し、<1>原判決が認定した株式取引のおこなわれたきっかけ、経緯、利益の分配状況等をみれば、富嶋共同取引は、石橋・濵口、富嶋の三人が共同して行った取引であること、<2>被告人濵口は、株式売買益の分配金のうち二億円を、富嶋から現実に交付を受け手中にしなかったものの、右二億円を含む二億三四六九万円余りを自己の取り分として了解した上、そのうちの二億円を自らの意思により富嶋との契約の下に同人の進めるマリーナ事業に出資したのに過ぎないこと、を指摘し、弁護人の主張を排斥している。

イ しかし、原判決のいう「富嶋との『契約』の下に・・マリーナ事業に出資した」という点は、相当に問題だと言わなければならない。

「契約」である以上、当事者の意思の合致が必要であり、しかもその意思に要素の錯誤その他の瑕疵があってはならないが、本件においては、被告人濵口が認識していた事実と、富嶋の認識事実及び内心との間に、大きな溝が存在する。

即ち、原判決が認定した事実を前提としても、富嶋が被告人濵口よりマリーナ事業への出資を「断られたとき渡すため前記濵口の取り分を現金で用意した」という点は、富嶋側の認識及び内心に終始し、被告人濵口には伝えられず、同人が全く認識していない事実である。

出資をめぐり被告人濵口と富嶋との「契約」が成立したというからには、被告人濵口において、右「契約」に応ずると否との選択の自由がなければならず、本件における選択の自由とは、結局、「富嶋の依頼を拒否した場合には投資に代えて富嶋から確実に現金を受領できる」との確信を、被告人濵口が有していて初めて成り立つものと言える。

出資するも、現金を受領するも、全く被告人濵口の任意であり、被告人濵口が欲すればどちらも実現可能であったという状況が認定されなければ、本件の如き形態において、安易に「契約」が成立したということはできない。

ウ 所得の帰属に関する判断が、原判決の言うとおり、民法的な権利の移転や現実的な利益の保持とは別の観点による実質的判断であるとしても、いや、むしろ実質的判断であるからこそ、何らの経済的利益が自己の支配内に存在し、これを自由に処分し得る状況が認められない限り、これをもって「所得の帰属」と評価することはできないと言わなければならない。

この点を本件においてみると、二億円という経済的利益は、終始富嶋の手中にあり、被告人濵口がこの二億円に対して直接的に支配できる状況に達したことは一度もないのはもちろん、間接的にも右の二億円を自由に処分し得る状況になかったことは前述のとおりである。

結局、本件においては、前記二億円が被告人濵口の所得として同人に帰属したとは到底言い得ず、原判決には事実誤認及び法令解釈適用を誤った違法がある。

第二点 量刑不当

一 原判決が認定した量刑事情

原判決は、量刑の理由として、本件全体につき、国際航業株式会社の役員であった被告人濵口らが自社の国際航業株を大量に買い付け多額の利益を得た事案であること、犯行状況は、会社支配を狙って登場した仕手筋の人物と組んで会社経営の実験を握ろうと内通し、その株買占めに便乗して私腹を肥やそうとし、自社株の売買を行って多額の利益を得たのにこれを隠して脱税したというもので私利私欲を求めた浅ましい犯行であると述べた上、被告人濵口につき、

1 国際航業の取締役技術営業本部副本部長の地位にありながら、小谷が国際航業支配のため同社の株を買い占める意向であることを知り、石橋とともに小谷と通じ、小谷の支援により国際航業の経営の実験を握ろうとの野心を抱く一方で、買い占めによる株価高騰を見越して石橋・脇坂らと同株を売買し、これにより五億三〇〇〇万円近くの利益を得ていながら、これを隠し脱税したこと

2 個人の所得税脱税額として小さい額ではなく、脱税にかかる株取引益の獲得方法は、小谷と内通して得た情報を利用した不公正なもの、及び小谷の株買占めに寄与した会社に背信的なものであること

3 動機は私腹を肥やすためであって酌むべき事情はなく、当初から一切の利益を隠し脱税する意図をもった計画的犯行であること

4 富嶋共同取引による株式売買益につき自己の所得でないと主張して、これについての修正申告も納税も行っておらず、そのため、本税だけで一億三八〇〇万円が未納であること

5 昭和六二年分の確定申告の直前に、税務調査に備え課税を免れる意図で、自己の資産でないかのように装って一時的に預け後に返してもらう趣旨で、分配額の大半に当る一億九一〇〇万円相当の現金等を脇坂に渡すという隠ぺい工作も行っていること

などを指摘し、被告人濵口の刑事責任は相当に重いと断じ、他方、酌むべき事情として、

6 富嶋共同取引による株式売買益は除いたが、本件査察後間もなくの時期に修正申告をし、自宅を担保に借金するなどして、修正申告分の本税と附帯税を納付したこと

7 本件摘発により長年勤務した会社を退職した社会的制裁を受けていること

8 反省、悔悟し、地道に暮らしていく気持ちを述べていること

9 多額の納税、国際航業からの民事訴訟など、今後かなりの経済的負担を負う状況にあること

その他、本件により家庭が受けた影響や家庭の状況等を摘示し、これらの諸事情その他諸般の事情を考慮し、被告人濵口を懲役一年八月実刑及び罰金五〇〇〇万円に処するとしている。

二 原判決指摘の量刑事情における量刑不当

1 原判決が指摘する量刑事情として目を引くものは、<1>脱税にかかる所得の形成過程に不公正かつ背信的な行為があったこと、<2>「石橋・濵口・富嶋共同取引」による所得のうち二億円につき、所得の帰属を争い、修正申告も本税等の納付も行っていないことの二点であろう。

これら原判決指摘の事実が存在することは、弁護人においても認めるが、かと言って、右の事実は、原判決が繰り返し非難するほどの悪情状とは断じ難いものであり、この点に関する原判決の評価は一面的であり、不当と言わなければならない。

2 二億円に関する修正申告

ア 原判決は、被告人濵口が本件査察の直後に修正申告をなし本税・附帯税を納付したことを認めながら、その後に原審公判継続中の訴因変更により追加された「石橋・濵口・富嶋共同取引」による所得のうち二億円につき、被告人濵口が帰属を争い、右追加部分に対する修正申告及び納税をなしていないことを悪情状として非難している。

イ しかしながら、原判決のこうした評価は一面的に過ぎ偏っていると言わなければならない。

被告人濵口は、原判決も認めるように、本件査察調査を受けた後まもなく、査察対象となった脱税を全て認め修正申告をなしたうえ、自宅を担保にいれて借金するなどして査察対象の本税と附帯税を納付したが、この間、国税当局からは、当時査察対象となっていた所得が問題となる全ての所得である旨を告げられており、近い将来において「石橋・濵口・富嶋共同取引」による-実際には被告人濵口の懐に入っていない-二億円の所得についても、追加して査察立件し課税するなどという話は全くなく、そのため被告人濵口においては、当時査察対象となっていた所得が刑事上・税務上の責任を負うべき全てのものと認識し、右の各責任に対する反省に基づいて修正申告と納税を果たしたものであった。

従って、この時点までは国税当局においても、被告人濵口が実質的に利得していない右二億円につき、所得税ほ脱の責任を問う考えはなかったと見られるのである。

しかしその後、オーストラリアに逃亡していた富嶋の身柄が拘束され、同人に対する刑事告発と捜査が開始された結果、当時すでに石橋に対しては、富嶋から石橋に現実に交付された二億三四六九万円余の現金を「石橋・濵口・富嶋共同取引」による利益分配として構成し起訴しており、富嶋に対しても同人の個人取引分の利益その他を加味しつつ、基本的には右共同取引による利益の三分の一を所得として構成し起訴することとしたため、最終的に、被告人濵口の実際上の利得になっていない前記二億円分の利益が、いわば宙に浮いた形となったのである。

ここにおいて、宙に浮いた右二億円を、形式的な所得でしかないことを十分承知のうえで、被告人濵口に帰属した所得として構成し、石橋及び富嶋に対する構成との辻褄を合わせ、被告人濵口に対する訴因変更により同被告人の所得に追加したというのが、検察官の処理の実態なのである。

ウ 原判決が言う、所得の実態に即した実質的課税という観点から見ても、被告人濵口への二億円の所得追加は余りにも形式的であり、被告人濵口に対する刑事責任の追及だけを考えた場合は、果たしてこの二億円分に起訴価値があるか否か、極めて疑わしいと言わざるを得ず、だからこそ国税当局においても当初は、被告人濵口に実質的に帰属した査察対象分の所得のみを問題にするという姿勢を示していたと見ることができる。

検察官においても、ことは同様であり、前記石橋及び富嶋に対する処理とのバランスを保つため、宙に浮いた形となっていた二億円を被告人濵口の所得として構成したに過ぎず、検察官が他の被告人とのバランス上、被告人濵口に対し形式的に二億円を追加して訴因変更を行っても、二億円がその実態において被告人濵口の実質的な所得となっていない事実は、裁判所においても十分に斟酌されることを期待したに違いないのである。

エ 結局、右二億円に関する所得の帰属を争った被告人濵口を非難し修正申告と納税の未了を指摘する原判決の量刑判断は、あまりにも一方的な評価であり不当である。

3 所得の形成過程

ア 原判決は、被告人濵口に対する量刑に当たり、その所得形成過程における不公正かつ背信的要素の存在を相当に重く評価している。原判決の量刑の理由において、被告人濵口ら三被告人に対する本件全体の量刑事情として右の所得形成過程を指摘し、「露骨に私利私欲を求めた浅ましい犯行」と断じた後、被告人濵口の個別量刑事情としても、同趣旨を繰り返し指摘している点からも原判決の姿勢が伺われる。

直税ほ脱事案において、所得の形成過程における違法行為その他の事情が、量刑上重く判断される場合があることは当然であるが、本件において原判決が所得形成過程における悪情状として取り上げている要素は、多分に情緒的な評価に立つものと言わなければならない。

イ 原判決は、<1>被告人濵口が「小谷が国際航業を支配しようとして同社の株を買占める意向であることを知り、取締役経理部長であった石橋とともに小谷と通じ、その支援を受けて国際航業の経営の実権を握ろうとの野心を抱く一方で」本件脱税をしたこと、<2>脱税額が決して少額ではないばかりか「脱税にかかる株式売買益の獲得の方法も、小谷と内通して得た情報を利用した不公正といえるものや、小谷の株買占めに寄与した自己の会社に背信的なもの」であったことを指摘している。

ウ しかしながら、小谷が株式買占めによって国際航業を支配しようとすること自体は、証券市場を持つ資本主義社会において何ら非難に値する行為ではないし、現に小谷が証券取引法違反に問われている株式売買も、同人がなした国際航業株買い占めの全てではなく、特定の手段・方法を用いた一部の株式取引であって、被告人濵口が小谷による証券取引法違反の株式取引を事前に知っていたというのであれば格別、かような事実のない本件において、「小谷が国際航業を支配しようとして同社の株を買い占める意向であることを知り」という事実が、量刑上で特段の意味を持つものとは言い難い。

そして、被告人濵口が、こうした意向を持つ「小谷と通じ、その支援を受けて国際航業の経営の実権を握ろうとの野心を抱く」ことも、取締役としての忠実義務に違反する具体的行為を被告人濵口がなしたのであればともかく、かかる忠実義務違反行為が全くない被告人濵口について、格別の非難に値する行為とは言い難い。

原判決は、被告人濵口が「小谷と通じ」とか「小谷と内通して」と言っているが、本件証拠関係から認められる被告人濵口の行為は、石橋とともに小谷に合い面談したことに尽きるもので、これを越えて忠実義務に違反するような具体的行為は何ら行っていないのであるから、「内通」という表現はややオーバーであるし、国際航業の役員たる者が、敵の小谷と面会すること自体けしからんというのであれば、それは現代社会における道義やルールからの非難ではなく、かつての武士道における忠義・奉公のレベルに近い情緒敵な価値観からの非難に過ぎないのである。

現に、小谷による国際航業への支配は、同人による株買占めだけでは成功しなかったことが明らかであり、同社の枡山明社長と枡山健三会長との親子間の対立から、健三会長が小谷側に加わり、同会長の持ち株が小谷側の買占めた株数に加算されることによって初めて達成されたことなのであるから、これに比べ、被告人濵口らにけしからん行為があったとしても、それは小谷による会社支配に殆ど影響を及ぼさない微々たるものに過ぎないと言える。

結局、原判決の前記<1>の非難は正当な評価に基づくものではない。

エ 残るは前記<2>の所得形成過程に対する原判決の非難であるが、まず、「小谷と内通して得た情報を利用した不公正」な方法により株式売買益を獲得したという指摘も中身に乏しいものである。

本件関係証拠により明らかなように、被告人濵口が石橋らとともに小谷に面会して得た情報、あるいは富嶋から被告人濵口が得た情報は、要するに、小谷が国際航業株の買い集めを行うということに尽きるものであって、それ以上に詳細で具体的な情報を得たという事実は存在しない。そればかりか、被告人濵口がこうした情報を得てまもなく、国際航業の社内外においても、株価の動きなどから小谷による株買い占めの情報が広まっており、当時の社長である枡山明の耳にも達していたのである。

ということは、被告人濵口の得た情報たるものも、社内又は一般に流れていた情報に比較して、情報の入手時期がやや早く、確実性にやや優れていたという程度のものに過ぎず、これをもって、原判決が言うほどの量刑上重く考慮すべき事情とは評価できない。

オ さらに、「小谷の株買占めに寄与した自己の会社に背信的なもの(前記富嶋共同取引)」という原判決の指摘だが、これについては、やや的外れと言わざるを得ない。

原判決が「石橋・濵口・富嶋共同取引」を背信的なものとする理由は、富嶋において買い集めた国際航業株が市場外の相対取引により富嶋から直接小谷に売り渡されている点を捉え、この点を小谷による買占めへの寄与と評価しているものと思われる。

しかし、かかる行為が会社に対する背信的行為と言えるためには、小谷への直接売り渡しが会社にとって不利であること、即ち、会社が小谷による買占めに対して防戦買いを実施しており、小谷への売り渡しは、会社の防戦買いへの妨害行為に他ならないことが前提として存在し、被告人濵口が右の前提を認識していなければならないはずである。

しかしながら本件において被告人濵口は、役員の一人でありながら、国際航業が防戦買いを実施していたことを全く知らされていなかったばかりか、役員会においては枡山明社長から「小谷がよいパートナーであれば一緒に会社経営をやってもよい」との発言を聞くなどしていたため、むしろ、国際航業として小谷による株買い占めに敵対しないという認識を持っていたものであり、かかる事実は石橋の原審公判廷における供述、その他本件関係証拠からも明らかである。

原判決が背信的行為だとする前提そのものが存在していないのである。

この点における原判決の量刑判断も不当と言わなければならない。

三 その他の量刑事情

1 石橋・濵口・富嶋共同取引に由来する二億円

弁護人は、右二億円が被告人濵口の所得として帰属するものではないと思料するが、仮に、これが被告人濵口に帰属する所得であると判断されたとしても、前記のとおり被告人濵口はこれにつき実質的利得を得ていないのであるから、右二億円を含む三億二〇〇〇万円余のほ脱税額だけで被告人濵口の刑責を評価することなく、右共同取引の経緯と所得の実態を考慮すべきである。

原判決はこの点を特に斟酌していないが、二億円が所得だとしても、いわば目の前を通り過ぎただけの利益であるし、マリーナ事業の精算金としていくばくかでも富嶋から受領できる見込みすらない被告人濵口に対し、量刑上重く処罰する要素として右二億円の所得を評価するというのは、余りにも酷に過ぎる。

2 他人名義による給与収入

この点につき弁護人は、木下新一、村山和義、木下進の三名義による被告人濵口の給与所得は、被告人の妻の兄弟である右三名の名義人にそのまま交付され、三名において自己の給与所得として確定申告し納税していたものであるから、被告人濵口に帰属する給与所得であることはあらそわないものの、実質的に被告人濵口の利得を形成していたものではないということを情状として主張し、その意味で「実質所得を形成していない」と弁論したのであるが、表現に適切を欠いたため、、原判決の誤解を招いたようである。

3 今次の税制改正と本件に関する一般予防

ア 周知のとおり、有価証券の譲渡による所得に関する税制は平成元年四月一日以降根本的に改正され、

(イ)原則非課税から原則課税への転換、(ロ)課税範囲の拡大、(ハ)源泉分離課税方式の採用の三点において、従前の税制を劇的に変換した内容を有する。

イ 源泉分離課税方式は、これを選択した場合、株式売却代金の一定割合を分離課税として負担することによって全ての課税が終了するというものであり、現に一般投資家の殆どがこの方式を選択していると言われる実情にあることに鑑み、今後は、本件の如き名義分散による課税要件の回避という形態での所得税ほ脱事案が発生する余地がなくなったと言うことができる。

だとすれば、一般予防的見地から、本件被告人に対して重い刑罰を課することにより一般に警告し犯罪の抑制を図るという必要性は、本件の如き事案に関するかぎり、いまや消失していると言わなければならない。

ウ 次に主要な改正点である課税範囲の拡大は、税制構造全体の在り方に関する一定の理念を背景とするものであるが、現実には課税範囲拡大の反面で税率の低減をもたらしており、これによる新旧税制間の税額における差異は、軽視できない規模に達している。

もちろん、この点を捉えて、刑法六条の刑の変更にあたると主張する積もりはないが、本件のように税制改正と時間的に接着した犯罪につき、新旧税制の間で法の取扱いに顕著な差異が見られる場合において、一般予防的見地からの刑の具体的な量定につき、新法の利益を考慮することは刑法六条の処罰の公平の趣旨から見ても不合理とは言えない。

エ 租税ほ脱犯については、その自然犯化が言われ続けながらも、今次の税制改正が好例であるように、将来にわたる税制理念に立ち社会の変化に敏感に反応するという政策的・技術的本質を有していることが否定できず、かかる租税ほ脱犯の性格に鑑みれば、一般予防的観点においても、税制改正との関連における刑の具体的量定においても、他の一般犯罪とは異なる配慮を施す合理性が存すると考えるのである。

四 一般情状

1 被告人濵口の反省と再犯等の可能性

被告人濵口が本件脱税に対し抱いている反省と悔悟の情は誠に顕著であり、国民としての納税義務の重要性、脱税の厳しさを身に沁みて痛感し、今後二度と脱税などに手を染めぬことを誓約している上、長年の友人で篤志家でもある花田叶氏の支援と監督のもと、つつましい生活を送っており、再犯等の恐れは全くない。

2 社会的制裁

被告人濵口は、本件脱税に対する査察調査を契機として国際航業を辞職したほか、本件による勾留中に父親が自殺し、長女が勤務先会社を退職し、妻がノイローゼ状態になる等、家族ともども苛酷な状況に置かれてきた。

国際航業を辞職したことは、身から出たサビとは言え、これまで営業畑の実力者として会社業務に邁進し、東証一部上場会社の取締役の地位にまで昇りつめ、さらに将来も期待され、自分自身においても内心期するところであった被告人濵口にとり、己の全人生の否定にも等しい苛酷な選択であったこと疑いない。

父親の死亡は、被告人の勾留中であった平成二年八月三一日に大阪市城東区内の河川に水死体が在ったことから判明し警察が自殺と判断したものである。被告人は、己の不始末のために父を失ったという心の負担を今後の人生に間、終始持ち続けねばならぬであろうし、妻や子に対しても、被告人が償わなければならぬ傷は残っている。

被告人は三鷹市の自宅も事実上失ってしまったほか、本件を契機にあまりにも多くのものを失った。その社会的制裁は苛烈であり、この上、さらに被告人濵口を実刑に処した社会から隔離することは酷にすぎると言わざるを得ないのである。

第三 結語

以上の理由により、被告人濵口を懲役一年八月及び罰金五〇〇〇万円に処した原判決は、違法かつ不当であるので、破棄を免れないものと思料する。

右は謄本である。

平成四年七月六日

東京都港区赤坂一丁目四番一〇号荒川ビル四階

五木田法律事務所

弁護士 五木田彬

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